「一番最初に出会う、ねぇ。男子寮で適用させるのはむなしいばっかりだろうに。だが、まぁ」 例え、おふざけでもソンナ風にユウリの恋人候補と祭り上げられる人間が自分以外に出るのは許しがたいものがある。 セント・ラファエロでは最近おふざけで、バレンタインの幾つかの古くから伝わる慣習の一つについて騒がれている。 騒がれているバレンタインでの古い慣習。表立っては男子校とあって、一番最初に出会った人と親友・相棒になれるんだという微笑ましいもの。だが、裏では、その言い伝え通り、恋人になれると。 そのせいか、どうやって意中の人に最初に出会おうかと。扉の付近で不自然なく待っていられるか等と少々緊迫感漂わせて騒がれている。 卒業してもなお、その情報をキャッチしたアシュレイは、バレンタイン当日、早朝と言うにも早い時刻に、ここ、ユウリの部屋に忍び込んだという訳である。 気配を経ち、物音一つ立てなかったので、ユウリが目覚めなかったのも当たり前と言えば当たり前なのだが、見下ろしたユウリのグッスリ太平楽な寝顔にアシュレイはニンマリと微笑んだ。ユウリが目覚めた時に見せるだろう驚愕する様子を想像して。 「お前が一番最初に出会うのは俺だ」 会ったからと言って恋人になるなんて迷信なのは百も承知だ。それでもなお、ユウリと恋人になる、と評されるのは自分でなくては、と独占欲を発揮しアシュレイはソッと寝台に眠るユウリの隣にもぐり込んだ。 これで目覚めたユウリが最初に目にするのは自分しかいない。 扉の前でユウリが出てくるのを待つなんて馬鹿らしすぎる。あのお貴族サマも隣の部屋にまでは入り込んでも、この寝室まではユウリが起きだす前に足を踏み込んでくる事はないに違いないからな。 人肌の温かさに擦り寄って来たユウリを胸に抱きこみながら、アシュレイは勝者の気分に浸りながら目を閉じた。 部屋の外から漏れ聞こえてくる音にアシュレイは目を覚ました。 軽く身を起こし、外の様子を研ぎ澄まされた感覚で探ると、アシュレイはクツリとほくそ笑んだ。 「ご苦労なことだ」 どうやら、朝一番に扉を開けたユウリと出くわそうと企む輩と、それを阻止せんと見張っていたらしいお貴族様が軽い攻防を繰り広げているようだ。 声はできるだけ抑えて話そうとしているようだが、騒々しい雰囲気はどうしても朝の静穏な空気の中では伝わってきてしまう。 だが、対岸の火事よろしく関係ないねと、再び眠りにつこうとしたものの、アシュレイが身を起こしたせいで、冷たい空気が入り少々寒くなったのか、軽く体を震わせてユウリも目を覚ましてしまった。 アシュレイはその瞬間を見逃さず、すかさずユウリの額と己の額を触れ合わせ至近距離で朝の挨拶を囁いた。 「は、あ、はい。…お、おはようございます…え、あれ?…なんでアシュレイがここに?僕、寝ぼけてる?・・・本物?」 目を覚ますと同時に視界いっぱいに広がるアシュレイの顔に困惑しつつも、とっさに挨拶だけは返すところがユウリである。 しかし、まだ半分寝ぼけているせいか、ユウリはその存在を確かめるようにペタペタとアシュレイの顔を触ってくる。それを面白そうにアシュレイは見つめ。 「大胆だな、ユウリ。俺を誘っているのか?」 自分の顔を遠慮なく触ってくる手を掴みキスを送ってから、アシュレイは楽しそうに目を細めながらユウリを抱き込んだ。 この胸にスッポリと収まる感覚は堪らない。だから何度も味を占めたくなってしまうのだ。 しかし、そうまでされるとさすがのユウリも頭がハッキリして慌てだす。 「ちょっ。何するんですかアシュレイ!放して下さい!はーなーしーて!」 現状を認識したユウリはますアシュレイからの解放をお願いしてくるが、当然の如く無視だ。がっちり抱き込まれている為、自力での脱出も適わない。諦めたようにため息をついたユウリにやっとアシュレイは腕を緩ませた。 ユウリとアシュレイの視線が絡み合う。 「・・・アシュレイ。朝も早くから、何のようですか?」 アシュレイが何時・どうやってベッドの中まで潜り込めたのかは、もう今更。聞くだけ無駄なのでユウリは諦めてやってきた用件だけを聞こうとする。 「何、抱き枕が恋しくなってな」 答えにならない答えを寄越すアシュレイにユウリはいささかげんなりする。わかっていた事だが、本当にアシュレイは真っ当な答えを返してくる事が少なすぎる。 「僕は枕じゃありませんよ。何でしたら今度良い抱き枕をプレゼントしましょうか?」 「別にコレで十分間にあってる」 再び、強く胸に抱きこまれてユウリは窒息しそうになってしまう。 「わわ、く、苦しい。アシュレイ、ギブ、ギブ!」 「わかったか!お前が、俺の、抱き枕だ!Do you understood?」 「わ、わかりました!」 苦しさのあまり、ユウリはわからないまま、わかったと叫んでしまう。叫んだ途端、アシュレイはこれで言質は取ったと意地悪く思いながらユウリを解放した。 ようやく解放されたユウリはといえば、力いっぱい足りなかった酸素を取り込んでいる。呼吸が落ち着いてくると、涙目のまま、アシュレイをにらみつけてくる。 そんな顔で睨まれたってそそられるだけだと、いつになったらユウリは気づくのだろうか。 そのまま口を開き文句を言おうとするユウリのオデコを軽く指で弾く事で制し、もう片方の手で、扉の外を伺うように促した。 そうされてやっとユウリは扉の外から漏れ聞こえてくる声に気がついた。 「?、誰か僕の部屋の前で…言い争ってる?」 断片的にしか聞き取れないが、ユウリという自分の名が出されている事と、なんだか文句を言っているような言葉を確認したユウリは、すぐさまベッドから抜け出し、確かめてきますからという言葉を残して寝室を出て行った。 その背を見送ったアシュレイもすぐさま行動に起こす。 さて、どう登場するのが効果的か。 アシュレイは瞬時に弾き出して、扉には向かわず、まずはユウリのクローゼットに手を伸ばした。 |