発端は、兄貴のさりげない一言だった。 「広海、チョコ、期待しているからなv」 期待に満ち満ちた目で楽しそうに俺を見つめながら言った兄貴に、なんの事かさっぱりわからなかった俺は、ナニを俺に期待するって?と聞き返した。 「だからチョコだよ。チョコ」 そんな俺に兄貴は聞き間違いのないように二度も繰り返してくれた。 は、チョコ? 「チョコだぁ?兄貴、甘いもんそんな好きだったっけ? ていうか、何で俺にンな事言うんだよ。 自分で勝手に好きなもん買ってくりゃいーじゃねーか」 ぶすくれた思いで俺は兄貴を睨みつけた。 だって、そうだろ? 割りのいいバイトをしたりとさりげなく高収入を得ている兄貴に、なんで少ない小遣いをやりくりして苦労している俺がわざわざそんなもん、買ってきてやらなきゃいけないんだ、アホらしい。 俺は気分が悪いと意思表示するようにドッカリと音をたててリビングのソファに腰をおろした。 もちろん、そんな風にしたって兄貴が意にかいするわけもなく。 逆にわざとらしい兄貴の溜息が聞こえてくる。 「これだから広海は…」 なんでそんな呆れきった顔をして言うんだよ。 俺が悪いってのかよ。 そのうえ、 「ホント、鈍いんだからなぁ広海は。 あ、いや疎いのか?」 なんて、滅茶苦茶人の事を馬鹿にしたように言ってくれちゃって。 幾ら兄貴だって俺は怒るからな。 なんて強気に出ようとした瞬間に。 「広海、今日は何月だ」 兄貴はクイズを出すような気軽さで俺に問いかけた。 「2月だろ。そんな分かりきったようなこと…」 「じゃ、来週の14日は何の日だ」 はて。 14日。なんかあったっけ? 誰かの誕生日ってわけでもなく。 十四日、十四日、二月の十四日って、 「ヴァレンタイン・・・」 俺は呆然となって呟いた。 「正解」 兄貴は非常に楽しそうに俺を見つめている。 だけど僕はヘビに睨まれた鮭のような気分で。 よもや。 まさか。 信じたくなんかないけれど。 こういったことは嫌な予想ほど当たるわけで。 「広海は俺にヴァレンタインのチョコをくれない気か?」 「ば、バカヤロー! なんで俺が兄貴にヴァレンタインのチョコなんて、あげなきゃならないんだよ!」 俺は速攻で兄貴に言い返してやった。 だけどわかる俺の顔に血が上ってくるのが。 きっと赤くなってる。 まったくなんて事言いだすんだよ、兄貴は。 「なんでって、広海は俺の弟ってだけでなく、俺の大事な大事な『恋人』なんだから、くれなきゃ駄目だろう?」 兄貴は諭すように俺に言い渡す。 しかもいつの間にか俺の目の前まで移動していて。 「別に、俺から貰わなくたって、毎年ダンボール何箱分も貰ってるからいいだろうが!」 それこそ、手作りから、高級ブランドのものまで。 質より量。 っていう言葉もあるけれど、兄貴のカリスマは半端じゃないから、質も量も恐ろしい程に、高く、一杯貰ってくる。 俺は 微妙に視線を逸らしながらなんとか言い逃れようとしたが、そんな言葉で許される筈もなく。 「いいわけないだろう。 広海から貰えなきゃ意味がない。 他の有象無象のチョコを貰ったってなんにも俺は嬉しくないぞ。 それこそ、俺には広海のチョコが一つあれば充分なんだから、 今年は他のチョコなんて受取拒否したっていいんだから」 んな事したら、周囲が大パニックに陥るだろうが。 例年、にっこり立派な騙し笑顔で受け取っている兄貴が断ったら、すわ、恋人が出来たのかと騒がれて、周囲を調べられまくったらバレテしまうかもしれない、自分が兄貴の恋人だということが。 絶対それがわかって言っているのだ。 俺をさりげなく追い詰めるために。 勘弁してくれよなぁ。 俺は頭を抱えて唸りたくなってしまった。 少々俯いてしまった俺に痺れを切らしたのか。 無理やり上向かされると、そこには秀麗な兄貴の顔が至近距離にあって驚く。 「…広海」 殺人的に色っぽい顔と声で迫られて。 俺はもう、白旗を上げるしかなかった。 「・・・せめてどんなもんでも許せよな」 真っ赤になりながら言った俺に、ふ、と表情を緩めた兄貴は俺に軽いキスをくれた。 「広海からだったら、どんなものでも俺には一番のチョコレートさ」 優しく抱きしめてきた兄貴の肩口に恥ずかしくなった俺は顔をうずめた。 |