周囲を見渡せば、廊下にはすでに起きだしてきた生徒、新館に在籍する生徒以外にも、噂を信じた下級生までがチャンスを狙ってやって来ていて、こちらの様子を伺っているのが見える。 興味津々な顔、崇拝する視線を向けてくる者はいいが、落ち込んでいるヤツ。特にアシュレイに向けてショックな顔を隠せないヤツは要注意だ。 さっきも感じたが、思ったより、いる。 ―――――――ユウリを狙っている奴らが。 アシュレイが威嚇するように嘲りを込めた物騒な笑みを周囲に撒き散らすと、下級生と思われる生徒達の大半が恐れるように新館から退去していった。きっと、戻るなり周囲の人間にこの件を話すに違いない。 幾らでも喧伝するがいいさ。 この俺が、ユウリの部屋で一夜明かしたことを。 この俺がユウリの事を『運命の恋人』だと断言したことを。 ユウリに手をだす奴は、この俺が許さないと。 ユウリに手を出そうとしても、この俺が叩き潰してやる。こいつらのように。 アシュレイはオスカー達に視線を戻し、わざとらしく鼻を鳴らしてやる。案の定、簡単に挑発に乗ったオスカーがさらに声を荒げようとした時、シモンがあっさりと片手でオスカーを押しとどめた。 本当に邪魔な奴だ。 アシュレイが青灰色の瞳に剣呑な光を乗せて睨みすえたが、シモンは見る者を凍りつかせるような光を水色の瞳に湛え「そうは言いますが」と冷ややかな笑みを浮かべる。 「卒業してるにも関わらず乗り出して来る人程、馬鹿ではないと思いますけどね」 一瞬、二人の間で壮絶な火花が散った。 シモンの言葉を支持するとばかりに、尻馬に乗ったオスカーが調子に乗って煽りだす。 「そうだよな。俺らは単なるお遊び。ただでさえ娯楽の少ない寮生活なんだ、ちょっとしたお祭り騒ぎに乗っかって騒ぐくらいは、ご愛嬌ってもんだけど。…卒業生がわざわざしゃしゃり出てくるなんて、どれだけ…って話だよな」 「…ねぇ?」 さらには、オニールまでわざとらしく呆れた目をアシュレイに送ってみせ。 「在学中、ことごとく学校行事すら馬鹿にして無視された方らしくはありませんけどね。わざと進学されなかったそうですが、もう学生生活が懐かしくなられたんですか?」 「えっと…」 「生憎、過去を振り返るような寂しい趣味は持ち合わせてない。俺は、俺のモノにちょっかい出されるのが分かってたから、釘を刺しに来てやっただけだ。祭にかこつけて俺を出し抜こうなんざ1億年早いって事をな」 「何言って・・・」 おまえらが束になってかかってきたって、俺に勝てる訳がないんだよ。 わざと言葉にはせず、視線に乗せてオニール、オスカー、シモンを順々に見やり、アシュレイは見せつけるように腕の中のユウリの髪に口付けを落とす。 「ぁあああっ!!」 「ってめ、何しやがんだーっ!!」 「アシュレイッ!!」 3人が激高して叫ぶのを楽しげに見やるアシュレイに反撃は思わぬところからやってきた。 アシュレイは思わず腕の中にいたユウリを手放す。。 「……何をする、ユウリ」 さっきから、口を挟もうとしていたのを無視してたら、コレだ。 アシュレイはユウリから勢い良く引っ張られた前髪を取り戻し、目を眇めて問い詰める。 「説明を要求します!!」 「あぁあっ?」 物騒な声音にも臆さず、ユウリが強い意志を持ってアシュレイを睨みつけてくる。 「…何の、説明だよ」 「全部です、全部! いったい、これは何の騒ぎなんですかっ?」 「は?」 「ルール違反とか、お祭とか、騒ぎとか、何があるっていうんですか! こんな早朝から騒ぐような何が!」 「…オイ」 アシュレイが思わずシモンに視線を向けると、仕方なさそうに溜め息をついている。横でオスカーがばつが悪そうに黙り込んでいる。オニールだけが不思議そうだ。 「え、ユウリ知らないの?」 「オニール、よかったら教えてくれる?」 ようするに、また特大の過保護を発揮して、噂のひとかけらさえ、ユウリには与えないように、ユウリ限定でヴィクトリア寮内に戒厳令を敷いていたということか。 馬鹿じゃないのか。どうせばれるに決まってるのに。 教えたところで、どうせトボケタ答えしか返さないガキをさらに増長させるような真似は止めて欲しいね。少しは荒波にさらせというんだ。 「へぇ、親友? 微笑ましい話だね。下級生が好きそうな話だ、お祭として騒ぐのもわかる気がするよ。でも、…それだけじゃないよね? 親友、なんて鼻で笑うアシュレイが来たって事は、他にもあるんでしょ、理由が」 「え、あぁ〜、いやそんな事は…」 助けを求めるようにシモンに視線を送るオニールに、「あるよね?」とユウリが笑顔で迫っている。さすがのユウリも今回はごまかされなかったらしい。シモンが「仕方がないな」と白状しようとしていたので、アシュレイは強引に遮った。 「当たり前だ、この俺がそんなぬるい関係の為に出張るわけないだろう、というかお前は俺の言葉を聞いてなかったのか。それともまた右から左に素通りさせたのか。少しは脳細胞を活性化させて記憶力を高めたらどうだ。いや、むしろお前が鍛えなきゃならないのは注意力だな。問う前に自分で気づけ。現時点では手遅れだからもう一度言ってやるが、理解力があることくらいは示してくれ」 腕を組んで踏ん反り変えるアシュレイに、己の不利を悟ったユウリは視線を2、3度ごまかすように逸らしたものの、最後にはアシュレイをまっすぐに見返してくる。 最終的には俺から逃げないんだよな、こいつ。 アシュレイが脅し凄んでみせれば、普通に怯えるし怖がりもするのに、その直後でも平然と近寄ってくるのだ。こんなふうに。 「…えーと、ハイ。わかりました。努力します。で、アシュレイ。いったいどういうことなんですか?」 鈍いのか、神経が図太いからか、莫迦だからかとも思ったものだが。 アシュレイの前に戻って小首を傾げてみせるユウリに笑いそうになる。 この小動物な風情に騙されそうになるんだよな。だが、中身はそんな可愛らしい生き物じゃなかった。むしろ性悪だ。小悪魔と言ってもいい。 その証拠に。 「だから、親友じゃなくて恋人。裏では『運命の恋人』だって騒がれてたんだよ」 アシュレイが意味ありげに笑ってやれば、ユウリは納得したように頷いて。 「ああ、それでアシュレイはわざわざ僕と一緒のベッドで眠ってたんですね」 さりげなく自ら爆弾をおとしてくれる。その発言で、どれだけ周囲が慌てふためくかなんて考えもしやしない。天然で許される限度を超えているとアシュレイはいつも思う。 「信じてもないくせに、御苦労さまです」 呆れたように言うユウリに、むしろアシュイレが内心で呆れてみせる。 「…御苦労さまねぇ……」 他に言葉はないのかね。 見ろ、哀れな犠牲者どもが泡を食ってやがるぞ。 本当に性悪な奴だ、と元凶であるユウリの前髪を楽しげに弄びながら、動転して声高に叫びだしたオスカー達をアシュレイは横目で嘲笑った。 |