しまった…。 「何やってんだ、俺」 足早に新館の階段を逃げるように駆け降りたオスカーは、勢いあまってそのまま本館を通り抜けた。 足が止まったのは、湖で行止りにあったからだ。 荒くついていた息が治まるにつれ心境が落ち着いたオスカーは、マジマジと己の右手を見つめる。 …この手が、あの人の髪を触ったのだ。 あの見ていて柔らかそうだった髪は、まさしく柔らかく手触りが良すぎて、いつまでも触っていたくなるようで…って、上級生に向かってやって良い事ではなかった…。 だが、悲しげにしょんぼりしてしまったユウリを見て、オスカーはどうしても慰めてやりたくなって、気がついた時にはすでに、ユウリの髪をかきまわしていた後だったのだ。 ユウリの驚いたような固まったような顔を見た瞬間、我に返り動揺のあまり慌てて逃げ出したというわけだ。 「フォーダムがあれ位の事で怒るとは思ってないけど、…むしろ怒ってたのは俺の筈なのに…」 そうだ、自分は、アシュレイのせいで直前まで怒り心頭だったのだ。 というか今でも思い返すと腸が煮えくり返ってくる。 本当なら今、こんな寒い湖の傍でなく、あの不可思議な、まるで聖域のような空気を持つ部屋で、初めての邂逅の時のようにユウリと二人っきりで話が出来ていた筈だ。 まぁ、話す内容はあのムカツク野郎、アシュレイとユウリの関連性について問い質すつもりだったわけだが。 よもやまさか、いる筈のないアシュレイが我がもの顔でユウリのプライベートである寝室、しかもベッドに入り込んでいたとは、目に入った時の驚愕は忘れられるものではない。 「そう言えば、あの時、さりげに弱い者扱いされたんだよな、フォーダムに。…俺よりフォーダムの方が弱そうなのに…」 しかも、先に約束したのに、アシュレイの後回しにされたのだ。 理性で納得しても、感情ではあまり納得出来ない。 ユウリに対してだって怒りはある…筈なのに。 どうしてだろう。 どうしても、ユウリには怒れない。怒りが、続かない。 まだ、初めて言葉を交わしてから2ヶ月も経っていないのに、なぜこんなにもユウリが気になるのか。 なぜ、自分はもっと早くユウリと知り合う事が出来なかったのだろうか。 セイヤーズの横で、ただユウリを視界に入れていただけの日々に後悔が募る。 「くっそ…」 毒づきながらアスカーは片手で片手の掌を殴る。 過ぎた事をうだうだ悔やんだって仕方がない。生産性がまったくないではないか。 そんな、たら、れば、を言ってたら、それこそ、いっそ ユウリがあと一年遅く生まれてくれてれば とか、 もし同級生になれてたら!! とか、馬鹿な事を考えてしまうではないか …なんて、妄言が出てくる当たり駄目駄目だな。 自分で自分に駄目だししたオスカーは、馬鹿な考えを捨て去るように頭を振ってから、午後の授業に臨むべく湖を後にした。 |