「それじゃあ、行ってくるね、ユウリ」 「うん、頑張って来てネ!シモン」 シモンが甘く蕩けるような笑みと共に、目の前にいるユウリの頬にキスを送れば、ユウリもまた激礼の言葉と共にシモンの頬にキスを送る。 単なる挨拶のキスだとわかっているのだが、それを目前で見せられたジャック・パスカルは思わず生温い笑みを浮かべる。 (いつもながら、友人同士というより、恋人同士みたいだよなぁ) 普通、挨拶のキスといえど、この年にもなって男同士で、幾ら親友と称するほど仲が良くても、そうそうキスは、しない。 しないのだが、この二人は、というかシモンがいつからか、帰省の度の挨拶にキスをしかけるようになっていたのだ。 (それでまた、素直にユウリがキスを返すモノだから、味を占めちゃって…) ここはセント・ラファエロの校門近いバス停で、周囲には他にも生徒がいてこっちを窺ってるっていうのに、気にせず二人の世界を作ってくれるんだから困ったものだと、思わず遠い目をしたくなるのをこらえるように、パスカルはずれてもいない眼鏡の位置を右手で直していると、ユウリが突然振りかえって自分を見たので、ドキっとしてしまう。 「パスカルも!試験、頑張ってきてね」 「うん、ありがと、ユウリ。頑張ってくるよ」 心配そうでいて、かつ、心から応援してくれるのがわかる零れるような笑みに、パスカルは嬉しくなって感謝の気持ちを込めて、ユウリの触るとサラサラと気持ちのいい手触りをした黒髪をクシャリとかきまぜる。 「パスカル、早くしないと…」 バスが行ってしまうよ、と声を出さずにシモンが、バスの乗車口に視線をやって促してきたので、「それじゃ、行って来ます」ともう一度だけわざとユウリの黒髪をかきまぜてからパスカルがバスに乗れば、背後でパスカルが掻き混ぜたユウリの黒髪を整えるように直してから、シモンがバスに乗ってくる。 (早くしないと、っていうなら先にシモンが乗ってもいいのに。ホント、ユウリに対して独占欲が強すぎて困っちゃうよね) セント・ラファエロを卒業してフランスに戻ってしまったら、イギリスには早々来れないと思っているパスカルとは逆に、シモンのこの様子では長期休暇どころか、月一でイギリス通いならぬユウリ通いをしそうだと、思わずパスカルは苦笑を浮かべつつ、バスの後部座席に腰を落ち着けた。 (まぁでも、二人が仲良くしてるのを見るのは安心するから。卒業しても変わらずずっと、そのままでいてほしいな) バスに揺られながらそんな事を願うパスカルは知らなかった、この別れがセント・ラファエロでのユウリとの最後の別れである事を。 |