「うぅ、寒っ。何も帰って来た日に、雪なんて降らなくてもいいのに…」
 美しい黒絹の髪に雪を纏わせた青年は、バスを降りてから数分で、弱音を吐いた。
「まぁ、大雪の日にあたって、去年みたいに飛行機に缶詰、なんて事にならなかっただけ、マシだけど」
 雪で足を滑らせないよう注意しつつも、一刻も早く暖かい部屋に戻るべく、歩くスピードを速くする。目的のビルに辿り着き中に入った処で、ほっと息をつく。
 そしてエレベーターの前で、周囲を窺ってから、誰も乗らない事を確認して、エレベーターに乗り込んだ。
 なぜ、エレベーターに乗るのに、同乗者がいては困るのか、それはこのビルのオーナーの警戒心の高さ、そしてなにより遊び心が高すぎるせいだと、黒髪の青年は、常々思っている。
 幾らセキュリティの為とはいえ、やり過ぎ…、何処の忍者屋敷なんだか。
 普通なら目的階のボタンを押すべき所を、青年は馴れたように、一見判らない所にある、隠されたボタンを押すと、かすかな作動音が聞こえてくる。虹彩認証システムが起動したのだ。
「ニンショウシマシタ」
 機械音声が流れると同時に、エレベーターが動き出し、階数表示されていない、隠された最上階に辿り着く。そしてエレベーターを降りれば、今度はゴシック建築風のガッシリとした門が待ち構えていて、玄関脇にあるパネルで指紋認証をクリアして、鍵を翳してようやく、家の扉が開き、青年は家に帰りつく。
 玄関をくぐれば、いつものように、中国人風の男性、この屋敷の執事が出迎えてくれた。
「お帰りなさい、ユウリ様」
「ただいま、アレク。今年もよろしくお願いします」
 年が明けてもう1週間程経っているのだが、クリスマスの翌日から日本に帰宅して、今年初めての帰宅だったユウリは笑って、新年の挨拶もする。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「あ、よろしくついでなんですが、日本から荷物を送ったので、数日後に着くと思いますから、お願いします」
「はい、かしこまりました」
 執事の彼は、細目をさらに細ませて、笑みを返してくれる。最近、彼は表情を見せるようになってくれたので、ユウリは嬉しく思う。
 パブリックスクールに在学中、セント・ラファエロの近くにアシュレイが構えた屋敷で会っていた時は、無表情とまでは言わないものの、あまり表情を表に出してくれなかったので、少し気後れしていたのだが、3ヶ月も一緒に暮していれば、馴れてきて、遣り取りも温かいものになっていく。そう、月の半分以上帰って来ない、この家の主よりも、親しくなったかもしれない。
 この家の主、コリン・アシュレイを思い浮かべ、ユウリは怒りを思い出す。
「それで。…アシュレイなんだけど、います?」
「はい、書斎にてユウリ様のお帰りをお待ちです」
「そうですか、待ってますか……、…フ…」
 先程までの和やかな雰囲気を、消し去るような笑みを、ユウリが一瞬だけ見せる。
 そう、今、ユウリはアシュレイの屋敷で暮らしているのだ。本当ならセント・ラファエロを卒業してからは、ハムステッドにある自宅から、大学に通う予定だったのだが、大学に入学してすぐに、アシュレイにこの屋敷に連れてこられ、ここで暮らす事を強要されたのだ。
 しかし、強要した本人はといえば、仕事なのか何なのか、何をしているのか言ってくれないので分からないが、忙しく各地を飛び回っているらしく、月の半分も家にいない。だから今日もいないかもしれないと、思って聞いたのだが。
 僕の帰りを待ってたって事は、……やっぱり、確信犯だったんだ。
待ってるっていうより、待ち構えてる訳だ。
「じゃ、荷物置いてきます。その後、アシュレイのトコに行きますけど、しばらくお茶とかいらないですから!」
 しばらくアシュレイと、二人っきりにして下さいと、言外の意味を込めてユウリが微笑めば、万事そつない執事は心得たように頷いてくれた。
 これで呼ぶまで、彼は来ない。心ゆくまで、アシュレイに文句を言ってやる。
 ユウリは沸々と闘志を漲らせて、まずは自分の部屋に手荷物を置きに行く。
 その後ろ姿を見送っていた執事は、また主がユウリ様をからかって遊んだに違いないと、正しく事態を理解していた。


"  

以下、興味のある方は本誌をどうぞv